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ありがとう!佐々木静子さん。女と健康~その先へ

昨日、9月28日は女性の安全と健康のための支援教育センター、副理事であった佐々木静子さんの意思をひきつぐ、「ありがとう!佐々木静子さん。女と健康~その先へ」の会でした。思いがけず、一昨日会った人と別階でばったりあったり。縁ある人とは会いますね。
佐々木さんは産婦人科医で、女性の権利と健康を守る活動を医療だけではなく、様々な場で展開された偉大な人でした。営利目的で健康な女性の子宮摘出を行い20年という長きにわたる医療訴訟に発展した富士見産婦人科病院事件で、止められたりするなか、被害者側の証人となるなど、パターナリズムな男性の価値観で行われてきたこれまでの医療を問いなおし、日本の女性医療に大きな功績を残したかただと思います。
約20人の人がつきつぎと壇上にあがり、佐々木さんとの対話を話されました。患者さんにも助産師にも看護師にも対等であったこと。対等であったから、自分の月経周期を知らない患者には怒り、諭し、助産師には医師の手のひらで転がされるような助産師にはなるなと言ったこと。対等性があるから出てくる言葉だと印象深く聞きました。ある人は、あの先生のあの病院だったら、傷つけられないからと仲間に紹介したと話してくれました。
人の回復を目指す医療の場で、被害者や弱者はまた違う傷つきを与えられることがよくあります。その人はそれを辱しめと伝えてくれました。辱しめ。二次被害よりぴったりくるかも。配慮が全くなく、「どうしてそんなところにいったの?」と責められる二次被害もあるけれど、全く別種の人間として、忌避されるように対応されるのもまた別の傷つきをもたらします。それは、あなたはそういう配慮が必要な劣った人間なんですねという断絶となって伝わるからではないかと思います。
佐々木さんは辱しめなんて考えられない医師でした。相手を尊重するから、向き合い、怒り、笑い向き合って話をしてくれました。どんな人にも態度が変わることがなかったのがやっぱりすごいことだなと思います。
昨日の会は、その先へ引き継ぎ、展開する会だったので、色んな人が思い出だけでなく、展望も語ってくれました。
あっという間に時代は逆戻りしていく。つながってやらなきゃダメだよという佐々木さんの言葉が聞こえた気がします。
あの世にはメールも電話もないそうだけれど、佐々木さんの魂は、わたしたちを包み込んでこれからも揺り動かされる。そん…

潤のつぼ焼き

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団体さんの定例ミーティングに参加して、吉祥寺のtaihiban
http://taihiban.com/
に行ってきました♪Taihiは堆肥。お店の中央に堆肥を積み上げているというかなり、思いきったお店です。特別な乳酸菌を食した牛肉料理がメインなのですが、それが美味しいのなんの(^q^)
こんなに美味しく、しかも油っぽさのないスッキリした牛肉ははじめて食べました。身動きすらできない抗生剤漬けの鶏や豚のニュースをみるにつけ、過剰に命を消費している現在のシステムをおかしいと感じてきました。かといって、自分で鶏は育てられないし。でも、志をもって食と命をつないでいる人がちゃんといるんですね。無農薬野菜にオーガニック認証のワインを頂きながら命をいただいて生きる食にもっとつながりたいと思いました。Taihibanさんには、美味しいお食事だけでなく、生き方もかんがえさせて頂きました♪ありがとうございます。また行きます(^-^)/

「難民高校生」絶望社会を生き抜く「私たち」のリアル

仁藤夢乃さんが書いた「難民高校生」は、家庭にも学校にも居場所がなく、渋谷に集まる女子高生たちが様々な方法で生き延びようとしている現実を当事者の感覚で伝えてくれている。外見や態度からそれまで別世界の住人のように思っていた彼女たちの抱える、傷つき、苦しみ、哀しみが身にせまった。この本を読んで、わたし自身も少女たち、若い女性たちが、それぞれの人生を尊重されず性的欲望の対象とされ、10代の少女が水商売や風俗に誘われるのを許している大人の1人だと感じた。愛のない大人の性的誘惑が、どれほど彼女たちを絶望させているか。こんな人間たちばかりと思わせているか、だって止めていないよね?とつきつけられたと思う。もちろん、著者は告発していない。今時の若者はとひとくくりにするのではなく、向き合って話を聞いてほしい。と伝えてくれている。個人として向き合う、可能性を信じる、姿勢を見せる。大人自身が問われている。読んで知り、希望をもてるようにつながろう。搾取をストップできる大人になれるようできることから始めよう。そう思わせてくれました。仁藤夢乃さん、ありがとうございます。
被災地の高校生とのコラボデザート大福だっちゃ、食べたいな♪http://www.amazon.co.jp/gp/aw/d/4862761550

わかっていないという気づき

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最近、性暴力について「わかっていない」言動をされることに傷つき、苦しんで、怒っていた。 「わかっていないなら、するな」とも思うし、だからといって何のアクションも取られなくなったら、ますます理解もすすまないわけでイライラもやもやしていた。 相手に何かを伝えたいとき、わかってほしい時に大事なことは、「相手の立場になって相手を理解すること」だと理性的な大脳皮質は理解しているけれど 感情的な大脳辺縁系がなんで私がそこまでしないといけないのよ!私はわかっているんだから、あなた達がわかって変わってよ!と叫んでいる。 
状況を、受け入れなければ変化は起こらないという原則を知っているのに感情の抵抗が大きかった。 「わかっていない」と言っている自分が一番分かっていない。  コペルニクス的回転 相手の嫌なところは自分が持っているところ。それが、見えるということは自分が気になる意識をもっている。
自分になければ気にならない。
という法則がある。 「わかっていない」ことに傷ついたり、怒ったりするのは、私自身が「自分がしていることを、わかってほしい、承認してほしい」と思っているから。だった。 
「逆説的なようですが、自分自身を受け入れてはじめて人は変わることができるのです」(カール・ロジャース)
  仕事とは、仕える事。
誰のために何をするのかを考えたとき、わたしは自分の感情に仕えるために働いているのではない。 わたしのことを認めて分かってほしくて行動しているのではない。 今、暴力によって傷つき、苦しんでいる多くの女性、子ども、男性、セクマイ、障害を持つ人、外国籍の人、様々な被害を受けた人々が安全に安心して暮らせる環境の中で、受けた傷がいやされ、本来の自分自身として生きられるように、暴力をSTOPできる人間を育て、暴力をSTOPできる社会がつくられるように、彼女たち、彼らたちに仕えるために、仕事をしている。 わかっていないという苛立ち、怒りはお前がわかれよというために与えられたことだった。 怒りと憎しみで分断されるのではなく。愛と哀しみをもってつながるために。 この出来事が与えられて、教えられて「わかっていなくて、いいんだ」と思えた 。「わかられていないから、私が仕事するんだ」
「知られていないから、伝えていくんだ」と転換できた。 何のコミュニケーションもしないで、わかってもらえて望みどおりの…

エセナ5中野第一回目9月21日(土)

今日はエセナ5の会議でした。今月から、東京で、今年度のエセナ5中野が始まります。エセナ5は、2008年から性暴力を知り、地域での取組を考える連続講座を始めました。大田区、文京区、世田谷区での連続講座開催に続き、2011年度はレジリエンスさんと共催、3人の性暴力当事者の講演会「つながる 話す ともに歩む」を実施しました。昨年度は港区GEMのみなさんと実施し、中野区は5区めです。21日土曜日はレジリエンス代表中島幸子さんの「性暴力 その後を生きる」をお話していただきます。毎回、素晴らしいお話に圧倒されます。ぜひ、いらしてくださいね☆
http://resilience.jp/2013/06/1262